2010年11月7日日曜日

第1448回

第 1448 回のお題 (出題:時間よ揉まれ)
天才科学者が天体望遠鏡を覗いて3秒で発表したこと

[64位]ジャスティス智彦

レンズにイチゴジャムを塗るとつぶつぶが星みたいで綺麗

37.63 pts [51.78](58.00%) Rate:0.38Down...

現在のレート:1714.42(激微減。脇美人。大魔神。ギガデイン)


欲を言えば、前回失った分のレートを取り戻したかった。
悪くとも、5.0~10.0ぐらいは上昇させたかった。
一定の水準以上のネタは書けた、という感触があったからだ。

ところが、駄目だった。
真ん中よりは上の順位だったけれども、レートは下がった。

こういうとき、何が悪かったのか分析し、反省し、
次回以降に活かすことがすなわち「学習」であり、
「向上心」であり、「成長・発展」であると思う。

しかしながら、何でもかんでも反省していては駄目だとも思う。
明らかなマイナス要因がない場合でも、相性や、特殊要因によって、
低い点数が付いてしまい、悪い順位になってしまう場合があるからだ。

「ネタは悪くなかった。ただ、運が悪かった」

そう自らに言い聞かせ、反省をしない回があってもいいのではなかろうか。
自分を変に納得させるような反省は、混乱に繋がるような気がする。
指向性が失われ、何がやりたいのかが分からなくなってしまう気がする。

今回のネタには、自分では満足している。
強いて言えば「イチゴジャム=つぶつぶ」という図式が、
ややマイナーだったのかもしれないな、と省察する程度だ。

いや、「ジャム」という言葉が、もうNG気味なのかもしれない。
素直に「宇宙の中での発見」を書いたほうが良かったのかもしれない。
「レンズにイチゴジャムを塗る」は意味不明すぎたのかもしれない。

何を反省すべきか分からない。
反省をしない理由には、そういう場合もある。
また次、頑張りたい。

第1447回

第 1447 回のお題 (出題:こむぎむ)
d1447.jpg
画像で一言

[112位]ジャスティス智彦

鼻子「 Hey you 」
            外ハネ「そこのあなた」
                           赤ジャケ「お前だぜぃ!」

記者「質問の機会をいただき感謝します。ではお尋ねしますが、
    御三方が天皇家の末裔であるという証拠はありますか?」


32.59 pts [44.75](28.39%) Rate:17.8Down...
現在のレート:1714.80(簡単には増やせない量が簡単に減った)


やってしまった。
また、やってしまった。

こうもあっさりオーバー100位を取ってしまうとは。
「失敗」とか「うっかり」とかではなく、これが「実力」か。

何がしたかったのか分からないネタだ。
いったいどこで笑いを取ろうと思ったのか。
いったいどうしてこれで笑いが取れると思ったのか。

僕は、画像お題で入賞(10位以内)したことがない。
それどころか、相対的に悪い順位、低い点数が多いと思われる。
画像お題は好きなのだけれど、対応は下手糞だ。

レートを上げようという意識を強くもって、
ネタを書く作業に取り組み始めてからしばらく経過した。
回数で言うと、40回分くらいだろうか。

1500台から、1700台まで上げることはできているものの、
ここ最近、「これ以上先に進めそうもない感じ」が出てきている。
その象徴が、「画像お題に対する弱さ」なのではないだろうか。

お題によって、得意不得意があることは、
レートを上げていくには障害以外の何物でもない。

画像お題が得意になりたい、という贅沢は言わない。
せめて最低でも真ん中より上が取れるくらいになれば良い。
これは、どのお題についても言えることだ。
常に真ん中よりも上を取ることが、当面のレート上げには重要だ。

「上げること」よりも「下げないこと」を意識していこう、と思う。
そうすると、「攻め」のネタが書けないようにも感じられるが、
「守りをしっかり固めた上で攻める」ことは可能なのではなかろうか。

まだまだ、色々なネタの書き方、攻め方、守り方を模索していきたい。
この思考錯誤は、きっと自分の実力を向上させてくれるはずだ。
頑張っていこう。めげずに、嘆かずに、張り切っていこう。

しかし、なぜ画像お題が苦手なのだろうか。
何が得意なのかは分からないが、これが苦手なのは明確に分かる。
過去の画像お題の回を洗い直して、巧い人のネタを分析するとしよう。

2010年11月5日金曜日

第1446回採点感想

第 1446 回のお題 (出題:アナルホッケー)
『おちこんだりもしたけれど、私は(   )です。』

��   )内に入る言葉を教えてください


10~15回に1回というペースを守るべく、採点をした。
ちょうどお題が、ジブリ関連だった、ということもある。

『魔女の宅急便』のキャッチコピーの穴埋めだ。
元は、「おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。」という文。
コピーラーイターとしての糸井重里の腕前は、輝く瞬間がある。

採点および微調整の結果、
分布は概ね以下の通りになった。

1点(2.2):約10%
2点(3.1):約45%
3点(4.0):約20%
4点(5.1):約10%
5点(6.2):約5%
6点(7.4):僅少
7点(8.7):僅少

※実際につく点数は括弧内の値

上に「ジブリ関連だったこともあり採点した」と書いたが、
僕はジブリ作品が好きだ。普通に好き、という以上に好きだと思う。
特に、ナウシカ、ラピュタ、トトロ、魔女宅あたりの作品は、
大体の場面や台詞を記憶しており、再生可能な状態にある。

そんなこともあり、この回の採点においては、
『魔女の宅急便』の知識が頭の中にあることが、少なからず影響した。
作品に関連するようなネタには、高めに点を入れようという態度だった。

また、本来はその要素を含んでいないかもしれないネタについても、
僕が勝手に「魔女宅に寄せた解釈」をしてしまっている場合がある。
例として、7点を付けたネタを見てみよう。

[15位]tojo
息子さんの治療費を負担するつもりはない


[トンボをキャッチミスしたのかな]というコメントは、僕のものだ。
どういう意味なのか、以下にざっくりと解説を書く。

『魔女の宅急便』の終盤に、飛行船から落ちそうになった少年(トンボ)を、
主人公の魔女っ娘(キキ)がデッキブラシで飛んで行って助ける、
というシーンがある(終盤というよりクライマックスだが)。

上記のtojo氏のネタを見た時、僕の頭にそのシーンが浮かんだ。
「息子さんの治療費を負担するつもりはない」というネタが、
空中でキャッチするはずだったトンボを落としてしまった、
という妄想に繋がったわけだ。キキのトンボの親に対する釈明だと。

「元ネタを知っている」ということは、パロディが機能する大前提だ。
逆に言えば、元ネタを知らないであろう人にパロディをぶつけても、
面白みはまったく生まれず、低得点に沈む場合が多いと思われる。

自分で採点してみて、そのことがよく分かった。
これまでいかに、無謀なパロディネタを投下していたか。

今回の結果を見て、ジブリネタも怪しい、ということを理解した。
パロディネタを書いている人は、ほとんどいなかった。

そうなると、もはや使えるものはないのではないか、と危ぶまれる。
偉人の名言などのパロディも、廃れつつあるように思う。
結局、「パロディ」というジャンルの力が、弱いのかもしれない。

2010年11月4日木曜日

第1446回

第 1446 回のお題 (出題:アナルホッケー)
『おちこんだりもしたけれど、私は(   )です。』

(   )内に入る言葉を教えてください


[56位]ジャスティス智彦

おちこんだりもしたけれど、私は魔法じゃなくて拳銃が大好きです。

37.00 ptt [51.44](58.96%) Rate:0.47Up!!

現在のレート:1732.60(極微増。笠地蔵。灘志望。髭偽装)


お題の元は、ジブリの『魔女の宅急便』だ。
(   )の中には、「げんき」が入る。
作品のキャッチコピーであり、糸井重里・作だ。

採点期間内に、ネタ一覧を見てヒヤっとした。
自分のネタが全体のリズムを壊していたからだ。

ここでいう「全体」とは、僕のネタの「全文」のことではなく、
「投稿されていた全てのネタ」を指す。

原因は、お題の穴埋め部分以外についてもネタに含めていた点にある。
つまり『おちこんだりもしたけれど、私は(   )です。』の部分、
いわば「枠」のようなところもネタとして書いた、ということだ。

無論、それ自体が悪いことではないと思う。

例えば「枠」も含めたほうがネタとしてのリズムが良くなる場合。
例えば少しトリッキィな「枠」の使い方をする場合。

「枠」があることで、ネタ自体は読みやすくなる、ということはままある。
ルールとしても、「枠」はネタに書かない、なんてものはないだろう。

ただ、それが少数派だった場合は、話が別だ。
全ネタのうちほとんどが「枠」を含めて書かれていない場合、
1つ1つネタを読んでいったときに、間(ま)が悪くなる恐れがある。

今回、他の採点者の方はどうだったか分からないが、
少なくとも自分では、自分のネタが採点リズムに悪影響を及している、
といった感覚を少々ではあるものの覚えた。

誤解をしてほしくないが、ここで僕言いたいことは、
ネタの点数(順位)があまり良くなかったのは「枠」も書いた所為だ、
ということではない。

ただ、「枠」の有無による影響を考慮していなかったという、
自分の浅慮さや気遣い不足を危険視しているだけである。
下手をしたら、もっと悪い順位でも全くおかしくなかっただろう。

さて、ハッキリ言って、今回は救われている。ラッキィだった。
それは、以下の採点者別点数を見ることで確認できる。

---------------------------------------------------------
しらす(3.1)/すり身(1.8)/パン屋再襲撃(2.7)/顔の偏差値45(2.9)/
イグリット(3.9)/さかも党<駄作王>(2.2)/夜明けがやってきた(2.0)/
べとん(9.1)/便座と共に生きる(5.6)/ジャスティス智彦(3.7)
---------------------------------------------------------

なんとか中位に留まれたのは、明らかにべとん氏のおかげだ。
この9.1点がなければ、30ptsぐらいにしかならず、
100位オーバー間違いなしだっただろう。

推論にはなるが、べとん氏が高得点を付けてくれた理由を、
以下に、2つ挙げてみよう。

1.べとん氏は『魔女の宅急便』という要素を比較的重く考慮した
2.べとん氏も「枠」まで含めてネタを書いていた

「1.」については、[キキは戦わない(べ)]というコメントからの推論。
「魔法じゃなくて拳銃が大好き」という僕のネタは、
『魔女の宅急便』を強く意識して書いたものなので、
これをしっかり拾ってくれ、高評価してくれたことは嬉しい。

そして、何を隠そう、僕自身も今回採点を行ったわけだが、
お題の元が『魔女の宅急便』であるという事実に、かなり引っ張られている。
これについては、「採点感想」のエントリィに詳細を書く。

「2.」についても、多少影響があったのではないか、と思う。
(あるいは、悪影響がまったくなかった、ということになるだろうか)

[65位]べとん
おちこんだりもしたけれど、私は2人で1人じゃないです


上記のように、「枠」付きである。
べとん氏自身がこうしたネタの書き方をしていたことで、
同じようにしていた僕のネタを採点するときに、
ある種の共感のようなものを覚え、多少甘くなったのかもしれない。
(ちなみに僕はべとん氏のネタに3.1点しか付けていない。申し訳無し)

さて、特に長い文章を書くつもりはなかったが、
ツラツラと書いていたらいつの間にか長くなってしまった。

とにかく今回学んだことは、
「採点者がネタ一覧を読むリズム」というものを、
ある程度考慮しておこう、ということだ。

2010年11月2日火曜日

第1445回

第 1445 回のお題 (出題:☆ぶんじろう)
「100万回生きた猫」
100万回で一番多い死因は?

[37位]ジャスティス智彦

猫のニャーと象のパオーンはとっても仲良し

パオーンは長いお鼻でニャーを激しくビンタ

ニャーは死んだ でも すぐに生き返った

パオーンは振り子の要領でニャーを逆からビンタ

ニャーはまた死んだ でも またすぐ生き返った

ニャーとパオーン やっぱり仲良し

41.06 pts [57.78](78.44%) Rate:11.08Up!

現在のレート:1732.13(やや増。近付く1750の壁)


悪くはない――が、煮え切らない。
今回の結果を受けて、そんな心境にある。

期待していた、ということだろう。
正直、手応えを感じていた。
なかなか良いネタが書けた、と。

系統としては、「ループもの」に該当するだろうか。
100万回の中でも最も多い死に方なのだから、
システマティックかつコンスタントなものを想定した。

振り子の要領でバンバン死ぬ、というアイデアはすぐに出てきた。
それを捏ね繰り回し、加工した結果、投稿したネタとなった。
お題を考慮し、童話風の文体にもチャレンジしてみた。

なかなか巧くまとまった、と思っていた。
長文というほど長くはないので、冗長さは回避できたはず。
童話っぽさは、読み易さにも繋がっていたはず。

しかし、思っていたほど、順位は良くなかった。
原因を考えると、やはり「狙いすぎ」ということになるだろうか。
「面白さ」を演出しようという気配が色濃く出ていたのかもしれない。

ここに、難しさと、やり甲斐がある。

面白さは当然盛り込みつつ、気配や匂いは抑え込む。
厭らしさを感じさせず、爽やかに笑いを取りにいく。
そうした難題を超えた先に、安定した高順位が待っているに違いない。

ネタを書く。
それだけなのに。
奥深い。

100万回ネタを書こうとも、きっと終わりはこないだろう。

2010年11月1日月曜日

第1444回

第 1444 回のお題 (出題:便座と共に生きる)
爆弾処理班がなかなか解体を始めない理由

[6位]ジャスティス智彦

まずはボム踊り会場の矢倉を解体しないと浮かれ気分が抜けない

50.68 pts [70.31](96.12%) Rate:29.75Up!!

現在のレート:1721.05(急増。三度目の1700台へ。正直爺さん)


ここでの6位入賞は嬉しい。
「あ~よかったなぁ」と、花*花を口ずさむ。
替え歌っぽくしようとして、すぐにやめた。気持ち悪い。

レートが1700を超えた。
また割るかもしれない、という不安はある。
1750間近のところから瞬く間に1600台に落ちた過去もある。

だが、何度割ろうと、揺ぎ無い意思で勝負したい。
何度でも回復させていけばいいだけの話だ。

いや、やはり、何度でも回復させたくはない。
1700の壁を何度も行き来する、ということは、
数値化した実力がその近辺にある、ということを意味すると思う。
「1700ぐらいに落ち着く」という感じだろうか。

それゆえ、何度も回復させなければならない状態は、望ましくない。
「もう二度とあそこには戻りたくない」が正しい感情だろうか。

話は替わって、今回のネタは、
メインディッシュが駄洒落である。

「爆弾」→「bomb(ボム)」→「ボム踊り」←「盆踊り」
爆発音である「ボンッ」からの連想も含まれていたかもしれない。

さて、「ボム踊り」からネタを書いていき、以下のような候補が出た。

・ボム踊りに忙しい
・ボム踊りの真っ最中だから爆弾解体どころじゃない
・解体前にボム踊りを踊って気持ちを高めてる

結局、これらとたいして変わらないネタを投稿した。
「まずはボム踊り会場の矢倉を解体しないと浮かれ気分が抜けない」だ。

「矢倉」を味付けとして添えてある点が少し異なる。
「爆弾の解体」と「矢倉の解体」をほんのり掛けたわけだ。

ただ、これにはそれほど効果がなかったのかもしれない。
むしろ、文章が長くなり読みづらくなってしまったようにも見える。
シンプルに面白くまとめる能力が欠けているのだろう。

そもそも、駄洒落勝負という点でも、不安があった。
これまで駄洒落で良い順位をとった記憶があまりない。

今回、なんとか6位という位置に納まってくれて、助かった。
あ~よかった。ハラハラした。

2010年10月30日土曜日

第1443回

第 1443 回のお題 (出題:アナルホッケー)
ビリヤードのルール知らない人がやってしまったこと


[95位]ジャスティス智彦

むかつく店員に⑬を投げつけた


32.18 pts [44.44](30.88%) Rate:15.83Down...
現在のレート:1691.30(おほう。減った。このタイミングで。がくっと)


思わず頭を抱えた。
比喩でも誇張でもなく。

「うわーやっちまったー」という苦笑もない。
フッと体温が下がり、背中を一筋の汗が滴り落ちた。

必要な資料の準備を完璧にしたと思って慢心していたら、
土壇場になって重大なミスが発覚した際の心理状態に近い。

今回の失敗を二字熟語で表現してみると、
「軽率」「軽挙」「浅慮」「安易」あたりか。
類語辞典でどれか1つ引けば、すべて出てきそうだ。

しかし、どういうことだろう。
今回投稿したネタを振り返ると...

・お題に沿っていない
・ボケの要素がない
・書き方に捻りがない

...等々、まったく良いところがない。
どうしてこんなネタで勝負してしまったのだろう。

自分の思考や感性は連続的であるはずなのに、
どう考えても自分のセンスとは違うネタを書いている。

気が緩んだ、ということでは済まない。
これがつまり、実力の無さか。
「分かっていない」ということなのだろう。

「何が面白いのか分かっていない」
この状態では、レート上げは難しい作業になる。

「面白さ」は流動的だ。
一度掴んでも、すぐに変化し、分からなくなる。
その動き、淀み、方向性を察する鋭敏さが欲しい。