2013年11月6日水曜日

奥歯に仕込んだ空心菜

雨が降ったり止んだりで空模様が心配された先日のこと、横浜の中華街で食べた空心菜(クウシンサイ)が滅法美味しかった。

ニンニクで炒められたことで香ばしさが倍化しており、やや濃いめの油でしっとりしつつも茎の部分には充分な歯応えが残っており、味覚も触覚も唸らされた次第である。勢いづいて相当量を咀嚼していたら茎と葉の一部が奥歯に詰まってしまったが、いざというときの為にこっそり保管しておくのも良いかもしれないと思えるほど、素晴らしい味だった。

クウシンサイやハッポウサイなどの「○○サイ」という音を聞くと、「斎」の字で終わる幾つかの人名を思い出す。

剣客として有名な伊東一刀斎や柳生石舟斎などが例であり、忘れたくても記憶に居座り続けるものとしては初期のエンタの神様に出演して掌で霧を動かすなどの"気の極み"を披露していた松尾幻燈斎が挙げられる。

松尾幻燈斎はMr.マリックの別名であるが、「マリック」という名の由来が「マジック」と「トリック」を合わせたものであることや、もうひとつの別名義「栗間太澄(くりまたすみ)」がMr.マリックを逆から読んだものであるといった情報は、容量の無駄なのでさっさと忘れてしまいたい。こうしたものに限っていつまでも覚えていてしまうのは、明らかに人間の脳の欠陥である。

もう一人、個人的に印象深い「○○斎」がいる。
それが「寒月斎(かんげつさい)」だ。

寒月斎とは、横山光輝の漫画『伊賀の影丸』に登場する人物で、幕府の黒い歴史が記された巻物を狙う飛騨忍者の首領である。いくら追いかけても追いつけない幻覚を見せる「逃げ水の術」を得意とし、追い詰めたと思ったら煙のように消えてしまう手強い忍者だ。

そんな寒月斎も、最終的には部下を全員失い、主人公である影丸を含めた伊賀忍者に囲まれて己の敗北を認め、奥歯に仕込んだ毒で自害をする。責め苦によって仲間や黒幕の情報を漏らすことを防ぐ為の、短絡的だが生き様を感じさせる潔い最期である。

「奥歯に毒を仕込んでおく」という行為は、「舌を噛む」と並ぶ忍者業界におけるポピュラーな自害の方法らしく、事前の入念な準備によって可能となるまさに奥の手と言えよう。いざというときに発揮できる力を持つことや、それを貫く強い意思は、参考にすべきだろう。

かくいう僕は、中華街の一角で、奥歯に挟まった空心菜を舌で掻き出しながら、また降り出した雨粒を防ぎつつ行儀の悪い口元を隠すように、折り畳み傘を広げたわけである。

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